トップページ > 記事閲覧
思考が自然の動きを妨げる
日時: 2005/01/03 23:18
名前: kik   <admini@apssk.com>
参照: http://www.bekkoame.ne.jp/ro/apssk/

新年にあたり、皆様のご多幸をお祈りいたします。

 私はテニスを少し楽しむのですが、インナーテニスと言う練習法があります。技術論で学ぶのではなく自分の心と体に聞くことで、自分の持っている最も良いテニスをすることが出来るとの方法です。

 ゴルフにしろテニスにしろその他のスポーツにしろ、ほとんどの人は上手くなるために技術を磨こうとします。
 今のスイングが悪かったのは、体の芯がズレタからだとか、膝が曲がっていなく棒立ちだったからだ、との注意を受けます。

 もちろんその通りなのですが、その指導通りにやろうとすると、そのことばかりが頭に浮かんで、他の部分が疎かになり、結局は練習成果がなかなか上がらないばかりでなく、あっちもこっちもバラバラになることが良くあります。
メンテ
Page: [1]

思考が自然の動きを妨げる-2 ( No.1 )
日時: 2005/01/03 23:29
名前: kik  <admini@apssk.com>
参照: http://www.bekkoame.ne.jp/ro/apssk/

 一方、調子の良い時は練習時の注意など気にせず、思いっきり打った場合に素晴らしいボールを打てることが多いことに気が付きます。
 実際の経験でも、本当に素晴らしいナイスショットを打った時の記憶は、単純にボールに集中していた記憶はありますが、注意事項やどこかを狙おうとの意識をもっていた記憶がありません。

 へたに、注意事項やボールの狙い場所などを考えると、その思考が邪魔をしてミスをすることが多いのです。

 体は自分に合った、良いショットを見ただけで、瞬時に覚えているそうです。その体の記憶を取出すには、頭の思考が邪魔をするので、ボールにだけ集中し、邪念に取り付かれないようにすると、自分でも思いがけないほどの素晴らしい成果を得られるのです。

  他人が素晴らしいショットを打った場合、誰にも教えてもらわないのに、そのショットが素晴らしいことが自然と判ります。

 そのショットを体は、自然と記憶してしまうのです。
 そして、ボールに集中してプレーしたときに、体が覚えていて、自然と素晴らしいショットを生み出すのです。
 この考え方がインナーテニスであり、ゴルフに応用すれば、インナーゴルフと言うことになります。

 皆様も、技術論や練習量によるのだとの考え方だけでなく、集中力でもスポーツを楽しむことが出来るのだとの考え方もお使い下さい。
メンテ
好みが変わるのも自然の要求! ( No.2 )
日時: 2005/01/09 23:45
名前: kik
参照: http://www.bekkoame.ne.jp/ro/apssk/

 ちょっと違うのかも知れませんが、NHKスペシャルで「食べて治す栄養サポートチーム」を放送していました。
 内容は現在の老人医療の中心が栄養剤の点滴になっているが、点滴では体の免疫能力を低下させる傾向があり、床ずれや院内感染になり易い。
 口から食事を採り腸で栄養を摂取するようになると、床ずれが15%→3%に、院内感染もかなり率(数字忘れ)が低くなることが判ったそうです。

 このことでも、体は自然を欲していることが判ります。医療技術が進み、点滴で栄養が取れるようになると、医療では、人手が少なくて済む点滴に偏ってしまうことが(薬信仰もありますが)、病気の直りを遅くするのです。
 食物から採る栄養は点滴栄養に比べ、意図しない栄養素が含まれているし、小腸を働かすことで免疫システムの効果を高くする機能が含まれています。
 近所の医院でよく見かけるのですが、点滴を望む患者と、勧めたがる医者が多いのが気になります。 お互いに手軽さを求め、体の要求を聞かずにその場限りの治療が病を長引かせているようです。
 人の体は、普通はバランスの取れた栄養が必要ですが、必要な栄養全てが解明されている訳ではありません。

 魚が欲しくなったり、野菜が食べたくなったりするのは、自然に体が必要な栄養バランスを要求する結果だと思います。食わず嫌いは別ですが、年を取るに従って、食事の好みが変わってきますが、体自身が栄養のバランスをとっているのです。
メンテ
Re: 好みが変わるのも自然の要求! ( No.3 )
日時: 2005/01/12 01:10
名前: マーム

現代人は、噛むということから始まって、胃で消化して腸で吸収してという、
当たり前の消化吸収の過程を大事に考えずに簡単に甘やかして済ませ、
ファーストフードやいい加減な食事をして、サプリメントで不足したと思われる栄養素を補って、
体をこわしているということをだいぶ前に聞いていましたが、

栄養の取り方で、床ずれや院内感染率にまで影響が出るなんて、とても驚きました。

農薬に食品添加物、おまけに遺伝子組み換えの恐怖まで加わり、
子供を持つ母としてはずーっと、一歩間違えばノイローゼ状態になりそうな日々でした。


でも何とか自分のできる限り、子供たちに食べることの大切さや心の健康を守ることの大切さを教えながらここまできて、
後は子供たちの人生、それぞれ好きなように自分で選んで行ってくれればいいなと、今は思っています。

これからは自分が老化と戦いながら(付き合いながら?)、心身の健康を守っていかなければいけない
時期になってきたのだなと、つくづく思う今日この頃です。
メンテ
自分の中に聞くのが大切? ( No.4 )
日時: 2005/01/16 17:18
名前: kik

 マームさん、ありがとうございます。
そうなんですね、人は使えるものを使わないと、衰えるのは皆さんご存知のことと思います。

 口にしろ、胃腸にしろ、使わないと足を折って直るまでに筋肉が相当落ちるのと同様に衰えますが、免疫も、口の中は細菌だらけ、食物にもかなりの細菌が付着していますので、細菌を排除するためにも胃や腸が働いているのですが、栄養だけ点滴で直接血管に入れてしまうと、胃腸の機能が必要なくなり免疫も退化し、床ずれや院内感染にまで影響がでるそうです。

 人間の機能は全てが必要ですので、使うべき部分は自然に使っていないと、予期せぬ場所に影響が出るようです。

 子育ても、人(動物)の本能の一つですので、大変ですが必要な行為なのでしょう。子育てをしない人は、情緒とか感性等の精神的な部分に影響が出るのかも知れません。もちろん、子供が出来ない、またつくらない人を問題視しているのではありません、動物は子供をつくることも本能として、遺伝子に組み込まれているので、その機能を使わない(意図的であるなしにかかわらず)ことによる違いがありそうだと言うことです。

 老いと戦うのも自由に気ままに、ストレスを溜めずに体(頭で考えたものでなく)の命ずるままに自然な過ごし方をするのが良いようです。

 「粗食と適度な運動と好きなことをする」おっとこれも頭で考えた解決法だから、常識観念に捕らわれ過ぎかもしれません。
 自分の中にジックリ集中して、そのときに備えれば、それで良いのかもしれません。
メンテ
階段は、体の実験場 ( No.5 )
日時: 2005/01/28 11:09
名前: kik
参照: http://www.bekkoame.ne.jp/ro/apssk/

 階段を何気なく利用していますが、階段の昇り降りの時に、体の調節機能を確認することが出来ます。
 階段を昇る時、2,3段は見ながら昇りますが、その後は確認して昇るのではなく、足が自然と覚えた歩幅と高さを自動的に繰り返す感じで昇っているのが一般の昇りかたです。
 足は瞬時に階段の状況を覚えこみます。本来は足だけでなく体全体(頭から目耳等センサー機関全てを使っています)が機能して、瞬時に階段の状況を読み取り記憶し、次の段を昇るのです。
 実験的に2,3段昇ったところから目を瞑って、そのまま昇(危ないですから実験の場合は安全な場所でお願いします)ってみてください。
 3,4段は目を瞑ってもスムーズに昇れます。その後頭の中に階段の終わりが近そうだとか、障害物があるのではないか、等の疑念が浮かんできます。
こうなると、足の動きはぎこちなくなり、もう目を開けなければ階段を昇ることが出来なくなります。
 このように、人の体は状況に対して即座に自動的に覚えこむ機能を有していますし、最適な動きを体が自然と動くように出来ているのですが、疑念や思考が入り込むと、体の動きは突然不自然になり、ぎこちない動きになってしますのです。
 いろいろな場所で、実験してみると面白いと思いますが、危険な場合もありますので、十分注意してください。
 こんな実験も面白いとの情報があればお知らせください。
メンテ
階段は、体の実験場-2 ( No.6 )
日時: 2005/02/02 16:37
名前: kik

 足の動きと意識の関係を前回話しましたが、階段は人の意識を推し量るのにとても良い実験場です。

 階段には経験的に上り下りのし易さが考えられていまして、60cm=2R(蹴上:立上高さ)+1S(踏面:ステップの奥行き)の式があります。この式を大きく逸脱した階段は、極端に登り難くなります。

 人の歩幅を基本にした式ですので、人間工学的にも、感覚的にも納得できるものです。

 山登りの道にあるような、段のステップ部分(踏面)が長く、段と広い平らな部分が交互にある階段は、感覚的には登り難くなります。
 渋谷のマークシティーの横にある階段が、それに近い階段で、登ってみると違和感のある階段です。
下記をクリックして写真を見てください。
http://www.apssk.com/rei/rei01.html

 一部の人が、休みながら登れるので、楽に登れる階段と表現することもありますが、山登りのように段が多く疲れる場合は別ですが、街にある場合には人の感覚に合わず登り難いと感じる人が多いでしょう。

 他にも階段では、段を踏み外してたたらを踏むような状態になることがありますが、段が続いていると思って踏み出すと段がない場合や、段の高さが10mm以上違う場合に、踏み外したように足に感じることになります。
 人の体は、意識せずに様々な状況に対応していますが、今までの経験で体に刷り込まれた感が働いて瞬時に対応していますので、下手に意識して体を動かそうとすると、ぎこちない動きになり、躓いたり転んだりすることになるのです。 

だからと言って、平屋のバリアフリーが絶対に良いとは言えません。 
 階段を登ることで運動の代わりになっている場合もあり、適度な段差が体に刺激を与えていることも否定は出来ません。リハビリにより、ほとんどの運動能力は回復しますので、バリアフリーが老人やハンディキャップの運動能力を刺激しないようにしていることも確かなことなのです。

 10,20mmの微妙な段差は危険な場合が多く、解消する必要がありますが、はっきりとした段差は、「住まい」と体の両方への刺激になり悪いことではありません。「住まい」と家族の状況に応じた、適切な段差と階段の設置を考えたいものです。
メンテ

Page: [1]

題名 スレッドをトップへソート
名前
E-Mail
URL
パスワード (記事メンテ時に使用)
コメント

   クッキー保存