TOP に戻る

TOP 新企画 マニアルQ&A ブログ風談話室 会員制BBS ラインナップ リンク 問い合わせ 7のポイント 欠陥住宅検索頻度 欠陥箇所辞典 特選素材


☆☆☆         【自分で防ぐ欠陥住宅】☆☆☆
☆☆☆☆
☆☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆


APSS設計事務所  菊池 です。


67・☆☆[「住まい」の進化は換気と断熱から]☆☆

 ちょっと時間があきましたが、お元気でしょうか。
 やっと、体制が整いました。
 これから、週1又は週2程度のペースで発行します。
 だんだん面白くなりますので、「住まい」に興味のある方も無い方もどうぞ!
 宜しくお願い申し上げます。

 ◇地球環境に貢献する「住まい」を考えていますか?◇
http://www.apssk.com/meru/kekanmm35.html#A


 自分で「住まい」造りを考えるための知識を、
メールマガジン(MM)としてお送りしています。
 「住まい」造りに役に立つMMですので、楽しみながらお読み下さい。




前回までのメールマガジンをお読みになりたい方は下記からどうぞ。
◇メールマガジン目次http://www.apssk.com/kekanmeru00.html◇


67・☆☆[「住まい」の進化は換気と断熱から]☆☆

 ○建築の歴史の中に進化の過程を見る。


 ここ数年で「住まい」造りも大幅に進化をとげている。
 建築基準法の大幅な改正と技術的進歩が重なり、「住まい」に対する安全性と住み心地の改善を求める声も強まっている。    

 しかし、「住まい」造の工法もさまざまで、何が良くて、何が悪いのかを見極めることが一般の消費者には難しくなってきたが、施主が何も解らないままに「住まい」造りをすると後悔することになる。
 現代の「住まい」造りやリフォームは、建主がつぼを押える必要があり、その基本の考え方として、家族にとって良い「住まい」とはどのようなもか、過去の住宅と技術の流れに沿って、これから見てゆくことにする。


☆「匠の技で部材が呼吸する伝統建築)」☆

 「住まい」は1950年(昭和25年)の建築基準法制定以来大きく変化した。
 建築基準法制定以前、家づくりは経験と勘に頼った、“匠の技”として棟梁から弟子に伝えられていた。謂わば「大工の技術」の世界として進化してきたものだ。

 その当時は神社、仏閣の建築に代表されるように、束石を基礎とし、その上に直接柱を立てる、石場立て工法であり、縁の下は吹きさらしの環境であった。
 壁は小舞壁と呼ばれる竹小舞(割竹を編んだ下地)に土壁を塗り、仕上に漆喰を上塗りした自然材料の壁で、開口は障子や襖で開閉自由な間仕切りであり、床下も屋根裏も大きく風通しが良く、人が動き回れるだけのボリュームがあった。

 当時の建築は、どの部分の木材も動く空気(風)に直接触れられるように造られており、床下も屋根裏も湿気がこもらず、部材が呼吸出来る環境をつくりながら、室内の風通しも抜群の空間として造り上げていた。

 この時期の木造建築の特徴は、建築材料全てが十分な風にさらされ健康な状態にあったことである。
 健康な材料の「住まい」に住む人々は、「住まい」から健康を害されることはなかったのである。

 私の覚えている子供の頃の家も、戦前(第2次世界大戦)に建てられた家で、床下にも、屋根裏にも入った記憶がある。床下は思いのほか乾燥しており、涼しい空間だったことを思い出す。
 床下で当時飼っていた犬と遊んだものだった。
 もちろん布基礎も無ければ、ベタ基礎でもなく、色々な生き物が侵入できる空間で、土が剥き出しの床下だったが、湿気をほとんど感じないため、遊んでも土埃程度の汚れしか付かなかった。

 屋根裏にも入ったが、乾燥は当然で、少し暑かった記憶がある。
 土を安定材として使った和瓦の屋根で、ボリュームも大きかったが春、夏の日差しは十分に屋根裏をあっためる熱エネルギーを持っていた。
 現在のカラーベスト屋根や金属屋根に比べれば、ずっと涼しいのだが、なんとなく温かかった記憶がある。
 屋根裏には、ヘビの抜け殻や、鼠の死骸などがあったので、床下よりは住みやすい場所だったのかもしれない。

 このように、一般の「住まい」も、床下や屋根裏の環境は風通しが良く、雨漏りはあったが、湿気がこもる住まいは無かったのである。
 
 
☆「年輪」が家の強度を保証し、床下と屋根裏の風が部材の維持を☆

 法隆寺の宮大工を長年務めた、西岡常吉棟梁はかって「木材は育った年月だけ生きる」と語ったが、100年間育てた檜や杉を柱にすると、最低でも100年間は強度を保ち(最近の研究では、切って乾燥させた木材は数十年は強度を増すことが判っている)、長い間立派な部材として使えることを我々に伝えてくれた。

 昔の大きな寺社仏閣などは、他の建物に使われた柱や梁を転用している建物が多く、木組みの跡が残っている部材があり、実際に木材が長期間強度を保っていることを示している。

 江戸時代初期の建物であり、「住まい」として使用されていた建物で現存している建物に、桂離宮がある。
 床は高く屋根裏も大きく、室内の間仕切は襖や障子が主で土壁は少なかった。
 夏の暑さ対応型の「住まい」として機能していることが良くわかる。
 この桂離宮の建築材料は、柱や梁、束、床板、天井板、垂木や野路板に至るまで、動く空気(風)にさらされており建築部材全てが健康そうな状態にある。

 かってNHKの特別番組で、桂離宮の昭和の大修理の苦心談が放映されたが、その折、柱で使えなくなっていたのは、シロアリにやられた一本のみであった。
 このことも風に触れている木材がいかに健康で長持ちするかを示している。

 桂離宮の古書院の建設は1615年と推定されており、今までに何回か大修理を行われているが、400年程強度を維持している部材も沢山あったと言うことである。

 当時の建物の耐震性能は、石場立て建物のため、地盤と切り離されている、免震構造であった。
 さらに、風通しによる材の強度の維持(腐朽菌やカビ、白蟻などからの劣化を守る)及び土壁や貫材などの壁の強度で、対応しており、柱や梁材の太さや良材の使用も耐震性能に貢献していた。


☆戦後、建築基準法制定・低予算で耐震住宅が実現しやすく☆ 

 戦後の建築基準法制定後、布基礎や土台を造ることが求められた。
 それにより構造的強度を持った「住まい」を誰でもが手に入れ易くなり、住宅は、神社・仏閣のように手間隙や費用をかけずに、地震に対処することが出来るようになったのである。


☆床下の通気がポイントに☆

 しかしこの当時の布基礎には、床下の空気が動かなくなる大きな弱点があるため、床下換気口が必要となった。

 床下は地面からの湿気があり、カビや微生物、細菌が繁殖し易い環境にある。
 基準法以前の工法では、床下の土を荒木田土で固めたり、炭を混ぜ込むなどの土質改良と、床下への多量の通気、さらに人が入れる大きさと、床下のの点検が容易なことで、環境維持が楽にできた。

 布基礎で強度を増した住宅では、床下換気口を付けるものの、その換気口の面積は小さく、人も入れない空間となり、見えない場所になった為、土質の改良なども疎かにされた。
 空気の流通も少なく、じめじめと湿った場所が、土台や柱を腐朽させ白蟻を呼び寄せる原因となったのである。
 外壁も火事対策としてラス・モルタルが多く使用され、外壁での通気もほとんど取れない建物となってしまった。

 このように、地震と火事にのみに対応したのが、3、40年ほど前の住宅で、ほとんど断熱材も入れず、気密性も無い住宅であったが、この時期は床下にだけに気をつければよかった。

 土台や柱等に防腐・防蟻剤(当時は人に有害な農薬がほとんど)を塗ることで良とし、徐々に床下の換気口を大きくすることや強制換気扇を取り付けることで、床下の換気の増大が図られ、床下の環境はかなり改善されるようになっていったが、腐朽菌や白蟻にやられる家も多かった。



 今回は以上です。


 次回をお楽しみに!
 ご意見等をお寄せ下さい。(寄せられたご意見等はこのメールで紹介することがあります。)



お聞きになりたいこと、問い合わせやこの文章の引用等は
http://www.apssk.com/postmail/postmail.html
フォームメールで、APSS設計事務所まで 

このメールのサイトを参照する場合は下記をご覧下さい。
http://www.apssk.com/




 前頁  目次  次頁